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まるで“朝ドラ”規格外で心優しき母リョウコの生き方とは。
ヤマザキさんのボーダーレスな生き方は、「この母にしてこの娘あり」を地で行く世界。そんなヤマザキさんの目を通して綴られた、母リョウコさんの一代記的な読み物『ヴィオラ母さん』が滅法面白い。
「インタビューや講演などで自分の話が出てくると、『なぜそんな若さで、単身イタリアに行ったのですか』と尋ねられるんですね。きっかけは、母に行ってこいと提案され、14歳のときにヨーロッパを1か月くらい一人旅したことだと説明すると、今度は必ず『ヤマザキさんのお母さんてどういう人なんですか』と驚かれるんです。私の自伝的なマンガやエッセイなどにも登場するリョウコという女性のことを、一度まとめてみてもいいのかなと思いました」
実際、リョウコさんは仰天のエピソードに事欠かない。やっと戦争の痛手から立ち上がりかけた昭和20~30年代に、女性が音楽の道で食べていこうというのも無謀なら、知り合いがひとりもいない札幌へ乗り込んで、交響楽団の演奏家になろうというのも無謀。子育てしながら、北海道各地へバンを運転して、子どもにバイオリンを教えに行くというのも向こう見ずすぎる。大自然が好きで、泳げないのに川に入っていって流され、ペット禁止の団地住まいなのに、拾ってきた犬を堂々と許可を求めて飼い始める。
「母は、祖父母の影響もあって、小さな世界のルールなんて何ほどのものかという人。友達のお母さんとあまりに違うので、友達の家で“お母さんらしいお母さん”を観察するのが楽しみでした。リョウコさんには、母親とは、子育てとは、『こうあらねば』がなかった…というか、忙しくて考える暇もなかったのかもしれません(笑)」
本書では少し触れられているだけだが、リョウコさんは、サウジアラビアに海外赴任していた再婚相手の母親と同居し、その夫と離婚後も義母と一緒に暮らす道を選ぶ。並外れて情に厚いのだ。
「バイオリンを習いたいという子がいれば、バンを飛ばし、ほぼ無償で北海道中に教えに行っていました。その代わりに、季節の野菜だの海産物だのがしょっちゅう送られてくるので、『物々交換だ』なんて悦に入ってる。母はお金が必要だという概念が薄かったんですよね。生きている、それだけでうれしくてしかたがないという人なんです」
そんな〈規格外〉の母の背中を見て育ったヤマザキさん。
「私はたぶん母よりひどいですよ。『ここから先は行くな』と学校で注意をされたら、必ず行く。規則やルールがあるのは知っていても、その先にもっと面白いものがあるかもと思うと、自分を抑えられない」
自らの生き方はもちろん、成人した息子さんの子育てについても、どこか母譲りな部分があったようだ。
「海外へ引っ越した直後、息子は言葉もわからないと悩んでいたけれど、私は一緒に深刻にはならない。『それが楽しいんだって』と笑い飛ばしていました。生きていればみな絶対につらいことに直面するけれど、どんなときも笑っている母親は慰めになると思う。7歳にして花輪和一さんのマンガ『刑務所の中』を愛読していた息子ですから、好きなように生きてほしい、それだけですね」
ヤマザキマリ 1984年に渡伊。フィレンツェの美術学校で油絵と美術史を学ぶ。’97年にマンガ家デビュー、2010年に『テルマエ・ロマエ』でマンガ大賞など多数の賞に輝く。現在は日伊を行き来。
『ヴィオラ母さん』 御年86歳というリョウコさんの生い立ちや、夫と死別したのち、女手一つで2人の娘を育てていたころを、エッセイとコミックで振り返る。文藝春秋 1300円
※『anan』2019年3月13日号より。写真・土佐麻理子(ヤマザキさん) 中島慶子(本)インタビュー、文・三浦天紗子
(by anan編集部)
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