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感動に満ちた『命みじかし、恋せよ乙女』!
【映画、ときどき私】 vol. 251
ドイツのミュンヘンで、仕事も家族も生きる希望さえも失っていたカール。酒に溺れ、どん底だった彼のもとに突然ユウと名乗る風変りな日本人の女性が現れる。彼女と過ごすうちに、カールは人生を見つめ直しはじめ、新たな一歩を踏み出そうとしていた。
ところがその矢先、ユウが忽然と姿を消してしまう。そこで、カールはユウを探すため、彼女の故郷である神奈川県の茅ケ崎へと降り立つことに。たどり着いた旅館で年老いた女将と出会い、カールは知られざる真実を知ることとなるのだった……。
本作は、樹木さんにとっては遺作であり、世界デビューを果たしたかけがえのない1本。今回は、現場での様子を誰よりも知るこちらの方にお話を伺ってきました。
監督・脚本を務めたドーリス・デリエ監督!
ドイツでもっとも成功した女性監督のひとりとして名前があがるデリエ監督。これまで日本を舞台にした映画を5作品も制作するなど、日本を愛してやまない監督が本作を通して伝えたいメッセージや樹木さんとの思い出について語ってくれました。
―まずは、心に傷を負った人物が再生するという題材を取り上げようと思ったのはなぜですか?
監督 今回は、主人公のカールが自分のアイデンティティをいかに見つけていくかというストーリー。彼はマッチョというわけでも、女っぽい部分があるというわけでもないので、その間にあるアイデンティティを模索している間に、自分の“形”を探していくという物語にしました。
―日本に関する作品を撮り続けるだけでなく、監督はこの30数年の間に、30回以上も日本を訪れているそうですが、日本に興味を持つようになったきっかけはありますか?
監督 まだ映画学校に通っていたとき、小津安二郎監督の作品を授業で見させられていたんですが、当時はまだ20歳くらいだったので、正直に言うと家族の話はつまらないと思っていました。というのもそのくらいの年齢のときは、家族という題材にはなかなか興味を持つことができないものですよね。なので、若いときはどちらかというと、アクションがあってテンポが早い黒澤明監督のほうが好きでした。
ただ、母親になってから改めて小津作品を観てみたら、家族がテーマだからこそ、すごく心に響いたんです。そんなふうに、映画を通じて自然と日本への興味を持つようになったのかなと思います。
―では、日本の文化から影響を受けたことなどがあれば教えてください。
監督 この作品で言うなら、日本の「幽霊」をテーマとして入れたこと。西洋の考え方だとあの世とこの世がはっきりとわけられていますが、日本の文化ではその境目があいまいなところがありますよね? 現代においては「机は机だし、人は人」といった具合に全部がわけて考えられていますが、世界というのは、本当はお互いに影響し合っていて、すべてのものは繋がっているんだと私は思っています。
樹木さんの生き方から学びたいと思ったことは?
―監督にとって、樹木さんは長年憧れていた存在でもあったそうですが、一緒にお仕事をされてみて、学んだことはありましたか?
監督 「私が彼女から学んだこと」と言うのはおこがましいので、「私が彼女から学びたいと思っていること」にしますが、まずは仕事に対する深い献身ぶりと役者として物語を綴っていこうとする思い。あとは、超がつくほどのプロフェッショナルイズム。そして、本当に謙虚な姿勢です。
たとえば、アメリカの女優さんのなかには、10人のマネージャーと10人のアシスタント、さらに10人のメイクを引き連れてきたり、食べ物をリクエストしてきたりする人もいますが、樹木さんはそのどれもまったくありませんでした。私たちが「何か特別な食事をご用意しましょうか?」と何度たずねても一切なく、逆に「何を食べているの? 私もそれを食べるわ」とおっしゃるほどだったのです。
樹木さんはスーパースターなので、いろいろと心の準備をしていましたが、何も要求されることなく、スタッフとキャストに家族の一員が加わったくらいの感覚でした。そんなふうに、何も求めないところや謙虚なところは、尊敬していると同時に学びたいと思っています。
―樹木さんが多くの人から尊敬されている理由がわかるようなエピソードですね。そのほかにも、印象に残っている樹木さんの思い出はありますか?
監督 あとは、すごくいろいろな物がクリアに見えていらっしゃる方だと思いました。病気についてもそうですが、病状についてもオープンで、自分の命が短いということも理解されているようでした。
この痛みを抱え、歳を重ねた肉体こそが自分の体であり、アイデンティティだと。だから、「病気に縛られる必要はないんだ」「自由に私自身でいるんだ」という感じでいらっしゃるところもステキだなと思いました。もちろん、痛みを抱えていらっしゃるのは見ていてわかりましたが、それについて何も言わずにいるところも彼女の素晴らしさ。あと、樹木さんといえば、やはり独特のユーモアの持ち主ですよね。
多くの人が経験している苦しみを描いている
―確かに、樹木さんのユーモアのセンスは魅力のひとつだと思います。また、劇中ではカールが本当の自分へと解放されていく姿も印象的ですが、周囲の期待に応えようとがんばるあまり、自分を見失っていく男性が多いのも事実。今回、そういう男性を主人公に描こうと思った理由は何ですか?
監督 ユウが重ね着しているさまざまなタイプの服を徐々に脱いでいくシーンで表しているように、女性は服装を変えるだけでもいろいろな女性像になることができますが、それに比べると男性は多くのことが限定されがち。それがこの作品の最初の問いかけになりました。
劇中で、カールはサラリーマンという役割を当てられても、家族思いの父親の役割を当てられても居心地が悪くなってしまいますが、その理由は自分で見つけた道ではなく、周りに与えられているものだから。
それゆえに、カールは周りから求められる役割が本当の自分とは違うことに苦しみ、不幸せに感じてしまうのですが、こういった気持ちは彼だけではなく、多くの人が経験していることなのではないでしょうか。
―そんなふうに、周りから与えられる理想と現実に悩んだ経験は、誰にでもあると思います。監督もそういった葛藤を味わったことがありますか?
監督 もちろん、私にもそういう経験がありますが、それは34歳で母親になったとき。私の人生のなかでも一番変化したときでもあり、その変化が怖いと思っていた時期でした。
というのも、それまでの私はスタッフのなかに女性ひとりでいるような一匹狼タイプ。現場から現場へと移り、世界中の好きなところに行っては自分の好きなことをしていました。それが母親になることによって、「この先の自分はどうなってしまうのか?」と悩むようになったのです。
なかでも一番怖かったのは、社会が「映画監督であり作家である自分」と「母であり妻である自分」そのどちらかしか選ばせてくれないのではないかと思ったとき。つまり、これをきっかけに仕事ができなくなる可能性があったらどうしようかと考えてしまったのです。
社会が決めた役割をよしとしないことも必要
―その恐怖はどのようにして乗り越えていったのでしょうか? 同じ悩みを抱えている女性たちに向けて対処法があれば教えてください。
監督 私の場合、当時は友達がよく居候したりしていたこともあったので、子どももそのうちのひとりだと思えばいいんだと考えるようにしました。そんなふうに「誰かと共同生活するだけ」と思えるようになったことで、そんなに怖くないなと感じるようになったと思います。
つまり、社会が「こうあるべき」と決めている役割をよしとするのではなく、ときにはそう思わないことも必要だということです。
哀しくもあり、美しくもあるのが人生!
人生で繰り返される出会いの喜びや別れの悲しみ、そして理想と現実との葛藤。それでも、人は生きている限り、幸せにならなければならないと感じるはずです。誰の背中も優しく押してくれる樹木さんの心揺さぶるメッセージから、“人生を愛するヒント”を受け取ってみては?
心に触れる予告編はこちら!
作品情報
『命みじかし、恋せよ乙女』
8 月 16 日(金)より、 TOHO シネマズ シャンテ他にて全国順次公開
配給:ギャガ
©2019 OLGA FILM GMBH, ROLIZE GMBH & CO. KG
https://gaga.ne.jp/ino-koi/
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