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一見スキャンダラスな三角関係。そこには不思議な絆が見え隠れ。
「この小説を書く私のモチベーションの一つは、寂聴さんの父への思いにグッときたこと。もう一つは母は本当に幸せだったのかなという謎ですよね。想像するしかないけれど、母はどこかの時点で『この男をずっと捨てずにいよう』と決めたんだと思います。我慢していたのではなく、自分が決めた意志に従う。そういう強さがある人でした」
最初は娘である自分の視点で書こうとしたが、それでは以前書いたエッセイ『ひどい感じ 父・井上光晴』の続編にしかならない気がした。
「ふと、妻と愛人、ふたりの視点でやってみたらどうかと思いついたんです。そんなことができるだろうかと自分でもひるんだほどですが、それくらいの挑戦がなければ書く意味がない。腹をくくりました」
母がモデルである白木笙子と、寂聴さんがモデルである長内みはる。ふたりが交互に語るスタイルは、一種の心理小説のようでスリリングだ。
「笙子のパートは、母からはもう話を聞けないので、自分の育った家の情景や母と一緒にいたときの記憶を思い出し、どういう気持ちだったかを想像しながら書きました。ふだんに近い書き方ですよね。一方、みはるのパートは、より想像するのが難しかったです。寂聴さんからお話はたくさんうかがったんですが、私にも語れなかったというか、ご本人もいまでもわからないような部分があるのではないかと思ったからです。父にはたくさん女性がいましたけれど、寂聴さんとの関係がいちばん長かったし深かった。それはやはり彼女が小説を書くからで、出家しなければ断ち切れない関係というのは本当だったろうと思います」
作中では、笙子が夫・篤郎のいくつかの作品を代筆していたことも明かされる。書く女ふたりにはさまれた篤郎の心中はどんなものだったろうと、そんなことにも想像が膨らむ。
「物語は、母の気持ちで締めようとは決めていました。『二度とこんな男の妻にはなりたくない』と思うかなあとかいろいろ迷ったんですが、やっぱりこれだろうなと」
余韻の残る、圧巻の一文だ。
いのうえ・あれの 作家。2008年、『切羽へ』で直木賞受賞。’18年、織田作之助賞受賞作『その話は今日はやめておきましょう』など、著書、受賞歴多数。今年でデビュー30周年となる。
『あちらにいる鬼』徳島での講演会が縁で、作家の白木篤郎と作家の長内みはるは深い仲に。それを知る篤郎の妻・笙子。複雑な愛はどこへ向かうのか。朝日新聞出版 1600円
※『anan』2019年4月10日号より。写真・水野昭子(井上さん) 中島慶子(本) インタビュー、文・三浦天紗子
(by anan編集部)
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